江戸時代に風靡した芸術でもある春画。中身はといえば、性風俗を描写したものである。
この時代に描かれた春画は特に異性間、同性間の性交場面を浮世絵として描いていた。
これらの絵は笑い絵、枕絵、枕草子、秘画、ワ印などとも呼ばれ、なかでもそれほど露骨な
描写でないものは、危絵(あぶなえ)と呼ばれていた。
室町時代から江戸時代にかけて広がった春画は、災難よけの一種のお守りとして使われる
ようになり、特に枕絵の絵巻は花嫁の性教育のテキストとして使われたそうだ。
大河ドラマで脚光を浴びた篤姫の輿入れには、とてつもない日数がかかったとされている。
日数がかかるということは、それだけ輿入れの道具も半端ではなかったのだ。
その輿入れのなかにはたして、性教育としての春画は入れられていただろうか?
篤姫、20代、夫、家定 30代。今の時代なら性教育テキストなんて!と逆にバカにされそうだが、
時代が時代である。嫁入り道具として入っていても不思議はないだろう。だが、篤姫はわずか
23才にして夫に先立たれ、独り身になってしまう。夫婦仲は良かったとされているが二人には
子供がいない。一年七ヶ月ほどのわずかな月日が篤姫にとって夫婦としてのいとなみが
できたはずではあるのだが、その形跡はなかったとされている。
春画によって手ほどきされていれば、篤姫の人生も歴史も大きく変わっていたことだろう。